【無料!お盆休み企画】6月コラム「街に放たれたLion」ー立ち読み公開

8月13日公開の「新・混沌の館にて」2011年6月コラムから、パーネル氏のApple OS Xの最新のバージョン「Lion」のコメント記事を立ち読み公開しています。

街に放たれたLion


※これは7月23日に本家Computing At Chaos Manorに掲載された補足記事です。

BYTE.comに修正版が掲載されています。

 長い眠りについていたMacが復活を果たした。IntelのCPUを採用したので、価格で競合できるようになった。そして大きく飛躍してMac OS Xを生み、それはiPhoneとiPadを実現した。

 AppleのSnow Leopardのアップデート、Lion(Apple OS Xの最新のバージョン)が出た。有名コラムニストのWalter Mossbergは手放しで賞賛しているBYTEの仲間たちは大いに気に入っている。だが、疑問の声もある。私はこれを買って、自分のMacシステムのどれかにインストールするつもりだ。だが、まだやっていない。

 以前、自分の処理をすべて Macに移行しようとしたところ、MicrosoftがVistaをWindows 7にアップデートしたので、結局 Windowsを使い続けることにした。私はMacを数台持っていて、出先で書き物をしたいときは必ずMacBook Airを持って行く。MacBook ProはSkypeで会議をして録音するのに使う。例えば、先日の米国の有人宇宙計画の終了について私が受けたインタビューなどだ。オーディオ・ビジュアルが必要な場合もすべてこれを使う。しかし、仕事のほとんどはWindowsに頼っている。だから、Macに関する私の見解はそれほど重要ではない。Macユーザーにはこうアドバイスする。急ぐことはない。開発者は飛びつきたいだろうが、大部分のMacユーザーは、もう少し待った方がよい。

 もちろん、Lionはそんなに高いものではないが、インストールした後に問題が生じている人がいる。私はLionをインストールする前にThe Cases Against Apple’s Lion OSを読むように勧める。

 パーソナル・コンピューターの初期の時期には、Appleのシステムと他のOSが動作するシステムがマーケットシェアを奪い合っていた。他の何かというのは、CP/Mを搭載したS-100システムや新しいMicrosoft DOSシステムだった。COMDEXやWest Coast Computer FaireはDOSとAppleにほぼ同じスペースを割り当てていた。誰もが興奮してAppleの新製品を待ち望んでいた。Macか、それともApple IIIか?BYTEでは、編集部員のほとんどがMacを熱望していたのを覚えている。私はLisaをいじってみて、その遅さに不安を覚えた。その後、Macが登場した。私は1台買った。Appleのレーザープリンターも。Macは確かに簡単に使えた。だが、2500ドルもして、メモリーはたったの128 Kで(Kはキロバイトだ)、ハードディスクはなく、CPUをほとんど表示のためのプロセッサとして使っていた。実際に使おうとすると、悲惨なぐらい遅かった。動かすと熱くなった。Steve Jobsがファンなんかいらないと言ったからだ。唯一の記憶装置は3.5インチ・フロッピー・ディスク・ドライブが1個あるきりだった。アプリケーションやデータのディスクを使いたいときは、フロッピーからMacを起動して、ルート・システム・ディスクを取り出した。くどいようだが、熱くなった。あまりにも熱くなるので、これで何か仕事をすると、データが消えてしまう危険があった。外付けのディスクドライブは、500ドルした。ハードディスクはなかった。だが、Appleは頑固にこう言い張った。

 「128Kのメモリーで十分だ」。

 「Macは素晴らしい」。

 「改良は必要ない」。

 Eric Pobirsがこう指摘している。

 RAM が128Kバイトというのは、今考えても想像以上に厳しかったです。我々はDOSのような環境を基準にして、その量のメモリーで何ができるかを考えていました。GUIは大量のリソースが必要で、単純なコマンドラインで処理されるキャラクター・マップの表示を上回っていました。なぜAppleがこれで大丈夫だと考えたのか理解できません。価格を3000ドルにしても、初日から大人気になったことでしょう。当時ムーアの法則がもっときちんと理解されていれば、Appleはそうしたはずです。確かに、高くはなったでしょうが、当時の高性能のパソコンに比べれば、それほど高くはありません。その数百ドルで、きちんと機能させられたはずですし、価格は徐々に下がったでしょう。


 数年後に、同じ問題がTandyのパソコンで起こりました。TandyはDeskMateと呼ばれるシステムROMにキャラクターベースのウィンドウ環境を組み込みました。これはMac QuickDraw ROMにとてもよく似ていましたが、既存のPCのメモリー・マップに統合したために、問題が起こりました。DeskMateを停止することが絶対にできませんでした。スイッチを切って、マシンがブートした時DeskMateを表示しないようにできましたが、ROMがまだメモリー・マップを占領していて、48Kバイト使っていました。640Kバイトとして販売されたシステムが、実際には592Kのシステムだったということです。プログラムが実際に640K必要な場合、Tandyのコンピューターではうまく動きませんでした。Tandyをグラフィック・モードで使うとよくそれが起こりました。(実は、IBMのPCjrを真似たのですが、Radio Shackでは、IBM機よりこちらのモードのマシンの方がよく売れました)。


 空のソケットがあったので、128 K(ワアッ!)増設して、合計768Kにできました。DeskMateが使う分を除くと720Kです。Tandyユーザーはみんなこうしていました。そうしないと、適切に動作させて、PCクローンとして使えなかったからです。


 このことに気づくのは一苦労でした。Tandyはマニュアルにはっきりそう書いていないので、「640K使えることになっているが、本当はそうじゃないんじゃないか?」と推測しなければならなかったのです。


 私はついに(Tandyの本社のあるフォートワースにいる)開発者にコネを見つけました。現実を直視するのは価値のあることです。LAXに直行して次の便を捕まえて、率直な意見交換をしたらどうだろうという考えが頭をよぎりました。


 私はこう結論を下した。「Macはおもちゃのコンピューターに搭載されたすばらしいオペレーティング・システムだ」。そしてこの通りに言った。それでSteve Jobsを含む多くのAppleの役員を激怒させてしまって、PepsiのJohn ScullyがSteve Jobsに代わってCEOになるまで、私とAppleはほぼ絶縁状態になった。Jobsは去った。そしてAppleは開発者とトラブルを起こし始めた。Heidi Roizenが開発者担当副社長になったので、いくぶん改善された。彼女は、信頼できる人物という評判が高く、必ず約束を守った。しかし、Appleの道のりは困難を極めた。Mac愛好家はMacを非常に気に入っていたが、コンピューター革命が進展するにつれて、マーケットシェアは次第に低下した。

 Macが出る前は、Appleには高性能のワード・プロセッサーがなかったにもかかわらず、多くのビジネス・ユーザーがいた。スプレッド・シート・プログラムとして最初に成功したFranklin and BricklinのVisiCalcはApple II用に書かれたもので、小型コンピューターを使ったことのない人々は、「VisiCalcを買う」ためにコンピューターの販売店に行った。マシンは何でもよかった。そのスプレッド・シートが欲しかったのだ。結局、VisiCalcはMicrosoft Excel for the Macに取って代わられて、Microsoftのプログラムが重用されるようになった。Bill Gatesは、Mac一台につき、Appleより儲けていると自慢したことがあった。

 Richard FrankとPaul McQuesten がCP/MとDOS用のスプレッド・シート、SuperCalcを書いたので、Macから多くのビジネス・ユーザーが離れてしまった。Macのオペレーティング・システムもテキストエディタも、DOS用より優れていたのに、GUIだったので、とにかく非常に遅かった。Macはとんでもなく高価で、性能も不足しているのに、Jobsはこれで十分よいと言い張った。Appleはそれを修正したのだが、その頃にはDOSシステムがビジネス・ユーザーのマーケットシェアで大きくリードしていた。Macは依然としてさまざまな用途で勝っていた。大きいミニコンピューターやメインフレーム・コンピューターに負けない最良の音声合成機能があった。Microsoftは、レドモンドの新しいキャンパスがオープンした時に、将来の構想についてのコンファレンスを開催したのだが、プレス資料とプレゼンテーション用の図表は、明らかにすべてMacで作成されて、印刷されていた。Microsoftは、そういった文書を作成できるソフトウェアを持っていなかったのだ。Macの初期の制限が改良されると、Macを気に入る人は増えた。しかし、1990年代に、Appleはマーケットシェアをどんどん失っていって、ついに倒産が懸念されるようになった。そこに、Jobsが戻ってきた。しばらくの間、先が見えなかった。そしてiPhoneとiPodが登場した。iPhoneとiPodが売れ始めて、増えた利益を大がかりなオーバーホールにつぎ込んだ。Macのすべてに。UNIXベースのOSによって、誰でもUNIXを使えるようになった。MacはIntelに移行した。Appleのキャッシュ・フローはすごい勢いで急増した。Appleが消え去る危険はない。全世界が大慌てでixxxxをコピーすることはあっても。Appleはまだリードしている。Appleの動向は無視できない。

 Lionは事実、進歩しているようだ。しかし、いろいろなレポートから判断すると、完成しているとは言えない。一般ユーザーが今すぐ持たなければならないというわけではない。Alexander Pope(訳注:18世紀の英国の詩人)はこう言った。

 新しいものを試みる最初の人になってはならない。

 だが、古いものを捨てる最後の人になってもならない。


よいアドバイスだ。リビジョンを待つこと。すぐに出るはずだ。

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